つづき

 【腹ペコあおむし、酔っ払いおあむしに変貌】
 どうして音楽を聴くのだろう。
友人のひとりが「他者とは決して共有や交わることの出来ない部分に響いてくる。それが物凄い癒しになる」と言っていた。すまん、言葉が正確ではないのだが。
 それって、ワタシは生きていく「勇気」だと思う。 
物凄く漠然とした表現になってしまうのだが。これは先日のid:anti-gizen2さんからのご返答日記から感じたこととも通じるが。
 勇気が足りなくて、お酒とか食べ物とか女の子とか男の子とか結婚とか家族で間に合わせようとする。それは「足りないから 注ぎ足す」という感じだ。「おしょうゆないから コンビニに」「なんとなくおなかが空いたからマックに」という感覚と同じよに。コンビニやマックが悪い、ということではなく。
 間に合うならいいじゃない、ではなく。だって「間に合って」ないし。寂しさも含めて「ひとり」になる勇気、でも、その寂しさや喜びを共有することで「ひとり」ではないことを知るのだと思う。じゃあ、生きていこう、と新しい勇気が生まれると思う。音楽はその両方の勇気を与えてくれる存在なんじゃないのかな。もしかしたら、
芸術といわれている物は、生きていくふたつの勇気を同時に持っていて、ワタシ達に与えてくれるんじゃないのかな。
 
 うーん・・・こんな漠然とした言葉ではなく・・・もうちょっとするとはっきりしてくるような・・・結局中途半端になってしまった。


          

シューベルト:ピアノ・ソナタ第7番 楽興の時(全6曲)

シューベルト:ピアノ・ソナタ第7番 楽興の時(全6曲)